03


青年の案内で人気の無い、森の中でも日陰っていて涼しい場所へと移動する。

妖怪がらみの話なのでリクオとしても人気の無い場所は好都合だった。

しかし、

「あの…、猫ってお饅頭食べても大丈夫何ですか?」

夏目と名乗った青年の横で、もくもくとお饅頭を食べている猫がリクオには気になって仕方がなかった。

「あぁ。この猫、ニャンコ先生はちょっと特別らしいから」

「……?」

良く分からないが、初対面の相手に深く聞くのは良くないだろう。

「それでリクオくんって言ったっけ?俺に聞きたいことって?」

「あっ、はい。午前中、森の中で会いましたよね?あの時、夏目さん妖怪に追われてましたけど、ここってそういう事は良くあるんですか?」

「―っ、リクオくん…君、妖が見えるの?」

「え?はい」

酷く驚いた顔をする夏目に、リクオはすんなりと頷き返す。

なんてったって妖怪に囲まれて育ったリクオだ。自身も妖怪の血を四分の一とはいえ継いでいる。

「…そうか。あれが見えるのか」

「夏目さん?」

「なら、早くここを出た方が良い。目をつけられたら危ない」

会って間もないリクオを心配してくれる夏目に、リクオは自然と表情を崩す。

「後一つだけ良いですか?この辺で白くて美しい毛並みを持つ強い妖怪って見たことありますか?」

「え?白くて美しい…」

チラリと夏目の視線がお饅頭に夢中になっている猫へと移る。

「んむ?何だ夏目?」

「いや、違うだろ…」

口端にあんこを付けて饅頭を貪るアレは違うだろ。

夏目は浮かんだ考えを振り払い、リクオに視線を戻した。

そして口を開こうとして、ゾクリと背筋が震えた。

「――っ」

夏目の視線の先でリクオが大きく目を見開く。
その目は夏目ではなく、夏目の後ろへと向けられていて。

「なっ!?夏目さん、危ない!」

考えるより先に夏目の体が動く。夏目はとにかくリクオを巻き込むまいとリクオを突き飛ばし、逃げる間を失った夏目の体は妖にバクリと食われた。

「―っ…ぅ…先生!」

ふわりと浮く体。
みるみる内に遠ざかる地上。

「夏目!おのれ、小者が!私の獲物と至福の時を奪いおって!」

緊張感の欠片もなく饅頭を食べていた猫がいきなりドロンっと白く美しい獣の姿へと変わる。

「うわっ!?」

《昼!》

ぶわりと発生した風にリクオは目の前に手を翳し、それまでリクオの内側で成り行きを見守っていた夜が声を上げる。

その間にも猫から姿を変えたニャンコ先生が夏目を追って空へと跳んだ。







ふと陽が陰る。
ゆっくりと顔を空へと上げて…

「あーーっ!!」

「うるさいっ!なによ島!ただでさえ暑いってのに!」

島の大声に巻が怒鳴り返す。

「いた!いたっす!うえ、うえーー!」

「あ?」

空を指差し喚く島に、その場に居た巻と夏実とカナは空を見上げた。

そして、

「嘘…」

そこに探していた白く美しい毛並みを持つ妖怪を見た。

「って、清継は?」

「え?あれ?いない…」

「リクオくんもだ」





「島くーん、巻くーん!誰でもいいー!僕はここだー!助けてくれー!」

その時清継は一人、自然に出来た穴の中に落ちていた。



◇◆◇



ガサガサと出っ張った木の枝に気を付けながら森の中を走る。

「はぁ…はぁ…」

夏目の連れ去れた方向を確認しながらリクオは足を動かす。

《まさかあの猫が探してた奴だったとはな》

「それ…よりっ、夏目さんが…」

ちらちらと木々の間から空で戦うニャンコ先生とのっぺりとした顔の妖怪の姿が見える。

「小者の分際で、夏目を離せ!」

グァッと開いた口で、ニャンコ先生は夏目を捕らえている妖怪の腹に噛みついた。

「グぎゃっ―…!?」

苦しそうな声を上げ、夏目を捕らえていた口がダラリと開く。

「う、わっ!?」

その拍子に、夏目は妖から解放されたと同時に空中へと投げ出された。

「わぁぁーーーっ!」

「夏目!」

重力にしたがって落ちる夏目を、ニャンコ先生が追おうとして邪魔が入る。

のっぺりとした顔の妖怪がしぶとくニャンコ先生に食らいつく。

「くっ…、このっ邪魔をするな!失せろ!…夏目!」

落下してくる夏目を視界に捉え、リクオは走りながら己の内へと問いかけた。

「夜っ…頼める?」

《ここは日陰が多いからな。多少無理すれば何とかなる》

問いかけた側からリクオの体に変化が起きる。
瞳が鋭く細められ、髪が栗色から銀の長髪へと。

グンと増した身体能力で、木の上へ跳び上がり、夏目の落下してくる場所へと日陰の中跳躍した。

「――っ」

夏目自身もう間に合わないと、とにかく頭を守るようにして堅く目を瞑る。

「夏目!!」

ニャンコ先生の焦った声が上から降ってきて……ドサリ、と夏目の体は何かに受け止められた。

「無事か夏目?」

聞いたことの無い、低い声が頭上からかけられる。

「え…」

助かったのか、と恐る恐る目を開けば、夏目は見知らぬ誰かの腕の中だった。

「夏目?」

顔を覗き込んで来るその瞳は金。棚引く髪は眩しい銀色で。

「夏目!」

夏目がボケッとしている間に空から下りてきたニャンコ先生が厳しい声音で夏目の名を呼んだ。



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